校長室から)2020「昭和の100冊」コラム「あなたの未来のつくり方」

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2020年07月27日

校長室から)2020「昭和の100冊」コラム「あなたの未来のつくり方」

毎年1年生と、4年生に配付される「昭和の100冊」国語科、図書室担当が生徒たちの読書指針として発行。今年で9年目となる。
毎年新しいコラムが掲載されてきたが、他学年の生徒に紹介できないのは残念だと考え、いくつかの手段で生徒たちに届けたいと考えています。
執筆は、国語科の佐々木悠馬先生、「出版物や、メディアへの関心と、生徒たちへのメッセージ」が伝わります。

「あなたの未来のつくり方」
  ペストという、未来も、移動も、議論も封じてしまうものなど、どうして考えられたであろうか。                                                                                               (カミュ/宮崎嶺雄訳『ペスト』新潮文庫より)

 2020年1月初頭、WHOが新型ウィルスと認定したことから、コロナウィルスの報道が徐々に増えてきた。中国・武漢にて感染者が急増し、日本でも2月ごろには対岸の火事では済まない状況になっていった。そして、3月には世界的なパンデミック状態となり、日本でも緊急事態宣言が発令され、未曾有の自粛要請によって都心部の繁華街からは人が消えた。

 私たちはウィルスの実態も不明なまま、家に閉じこもることになった。オンライン授業が開始されたり、在宅勤務になることによって、人々はこれまでにない生活を余儀なくされた。はじめは戸惑いながらも、部屋の中に閉じこもるわけだから、生活空間である部屋の中を一生懸命掃除しはじめたり、運動不足を感じてYouTubeを見ながら運動をしてみたり、散歩をして、こんな場所あったんだと自分の住む街の意外な一面に気づいたり、時間に余裕ができたからといつもより凝った料理を作ったり、こんなときだからと本を読んだり、Netflixで延々と映画やドラマ、アニメを見てみたり……。おそらく私たちの生活は一変した。

 一方で、日々更新される新規感染者数の推移を追い、志村けんがコロナウィルスで亡くなったという報道や首相の緊急会見やマスクや10万円という言葉に一喜一憂したり、SNSでの誹謗中傷が問題になったり、この先どうなるのだろうという不安から、メディアが与える言葉によって私たちは落ち着かない日々を送っていた。

 そんななかで話題に上った本がある。カミュの『ペスト』という小説だ。「ペスト」という歴史上、最も死者数が多く、14世紀には「黒死病」と言われ、推計5000万人が亡くなったとされる感染症に襲われた街の記録が、リウーという医師の視点で語られる。アルジェリアのオランという街で、いたるところで鼠の死体が転がるようになることからはじまって、そのうちに、蚤を介して人間に感染して、次々に人々はペストに倒れていく。致死率や症状などはコロナウィルスの脅威とは比較にならないほど大きいものだが、一変してしまった私たちの生活は、すでにここに書かれている。

 みずからの現在に焦燥し、過去に恨みをいだき、しかも未来を奪い去られた、そういうわれわれの姿は、人類の正義あるいは憎しみによって鉄格子のなかに暮らさせられている人々によく似ていた。結局のところ、この堪えがたい休暇から免れる唯一の方法は、想像によって再び汽車を走らせ、実は頑強に鳴りをひそめている呼鈴の繰り返し鳴る響きで、刻々の時間を満たすことであった。

 おそらく、一つ、大きな違いをあげるとすれば、私たちの時代にはインターネットがあるから「鉄格子」というほどではなかったかもしれない。しかし、人によっては外に出られないことは「堪えがたい休暇」というしかない時間になっただろう。(ここに出てくる「想像」という言葉は、後半に話すことにも関わってくることなのでよく覚えておいてほしい。)

 また、コロナウィルスに感染している人が、「俺はコロナだ!」と言って人に接触する事件が何度も報道され、「俺コロナ」という言葉もネット上をかけめぐったが、それも『ペスト』には出てくる。

 

ある朝一人の男がペストの兆候を示し、そして病の錯乱状態のなかで戸外へとび出し、いきなり出会った一人の女にとびかかり、おれはペストにかかったとわめきながらその女を抱きしめた、というようなうわさが伝わっていた。

 

 いまであれば「俺ペスト」などと言われていたことだろう。こうして読んでいくと、私たちが自粛生活のなかで体験したことが次々に出てきて、「そうそう、そんなことあった!」と、非常に共感深くいまにつながってくる。私たちはこうした閉じこもる生活からは一旦解放されているが、あの生活がいったいなんだったのかふりかえるためにも、いまこそ『ペスト』を読んでみよう。

 現在、2020年6月末には緊急事態宣言も解除され、全国的にも学校は再開して、経済活動も再開している。みなさんの念願のディズニーランドも7月1日から再開の見込みだ。だが、「ペスト菌は決して死ぬことも消滅することもない」と『ペスト』にもあるように、何も終わっていない。アメリカでは日に4万人の新規感染者を出しながら、世界の感染者数は5000万人を突破した。これから先はどうなるかは本当に誰にもわからない。

 これまでの世界観をよく「ビフォア・コロナ」と言われるが、かつてはいい学校に入って、いい成績をとって、いい企業に就職すればそこそこいい生活ができると言われていた。ある程度「どうなるかわかる」世界では、みなその通りに進んでいこうとした。しかし、「ウィズ・コロナ」あるいは「アフター・コロナ」の世界では、それこそ「どうなるかわからない」世界になった。

 この未曾有のパンデミックによって、どれだけの企業が損害を受けて、立ち行かなくなったお店がどれだけあっただろうか。あなたの街にもシャッターが閉まったままのお店があるだろう。一寸先は闇かもしれない。そんななかで生きていくためには、この「わからない」に立ち向かっていかなければならない。

 よく、国語の授業をしていて「詩」をはじめとする文学作品は「わからない」と言われる。おそらく「芸術」と呼ばれるものがそもそも「わからないもの」だと思う。授業でもよく「正解」を求める人が多いが、この世界には「正解」がないことの方が多い。そういうなかでもたくましく生きていくためには、いまこそ「文学」や「芸術」のような「わからないもの」を「わからないもの」として受けとめていく姿勢が大事なのではないだろうか。

 これまでは「正解」らしい生き方がもしかしたらあったのかもしれないけれども、これからの世界では生き方に唯一の「正解」なんてない。

 そもそも、私たちの文明は、「都市化」することを「発展」することとして生きてきた。それは必然的に、人が密集する空間を作るということであり、人が集まることこそが繁栄の証でもあった。しかし、このコロナウィルスの到来によって「密」が禁じられて、「疎(人がまばらな状態)」であることに価値を置くようになった。

 今までの建物の構造も、人が密集するようにできていることを考えれば、これからは換気のシステムや人との距離が適切にとれるような建物こそが価値になっていくだろうし、オンラインで会議や授業が可能なのであればそもそも「都市」にいる必要もない。土地のある「地方」にこそ価値が出てくるということもありうる。しかし、一方で、校内を見ていると抱きついたり手をつないだりしている人を多く見かけるため、結局、人は人に密着したい欲求があるから、どうあっても「都市型」の世界が好まれるのかもしれない。重要なことは、それぞれの価値観のどちらかが「正解」で、どちらかが間違っているというわけでもないということだ。私たちの「正解」は、時代や人々の価値観によって多様化していくのだ。

 こうした世界で生きていくために必要になるのは、これからの「未来」がどうなるかを当たりはずれで「予測」することではなく、「未来」をどんなものにしていきたいかを「描く」ことだと思う。あなたはどんな「未来」を創っていきたいだろうか。

 それを考えるにあたって、最後にもう一冊の本を紹介したい。

 映画『シン・ゴジラ(2016年東宝)』にちなんで名づけられた安宅和人著『シン・ニホン』(NEWS PICKS PUBLISHING)という本だ。『シン・ゴジラ』で「この国はスクラップ&ビルドでのし上がってきた。今度も立ち上がれる」というセリフがあるように、この本で書かれていることは、何を「スクラップ(壊す)」して、これからどこに何を「ビルド(建てる)」するかということだ。

 著者の安宅和人さんは慶應義塾大学でデータサイエンスを教えている教授であり、ヤフー株式会社CSO(チーフストラテジーオフィサー)でもある。現在の世の中の変化をどう見たらいいのか、日本の現状をどう考えるべきかをまとめるにあたって、しっかりデータをもとに分析しているのは流石だ。すでに大人の人はこれからどうサバイバルしていけばいいのか、若者は、このAIネイティブ時代をどう捉え、生きのびていけばいいのか、刺激に満ちた思考と提案がここにある。

 そのなかでも、「風の谷を創る」プロジェクトがおもしろい。先に述べたように、「文明」は「都市化」することを「発展」だとして「都市」をつくりつづけてきた。しかし、都市集中型の未来を突き進めていくと高層ビル群が立ち並んだ人口過密都市となるどころか、「都市」以外が見放される映画『ブレードランナー(1982年)』のようなディストピアの世界観になっていくと安宅さんは言う。そこから、そうではない未来「風の谷」的な未来像を提示する。「風の谷」というのはもちろんスタジオジブリの映画『風の谷のナウシカ(1984年)』からきている。テクノロジーを駆使したうえで、自然との共存をテーマにした都市設計を考え、実際に「風の谷を創る」プロジェクトとしてさまざまな人が関わって構想が進められている。コロナウィルスのような感染症が今後も世界的に流行を繰り返すことを考えれば、こうした新しい「都市」のかたちを考えることがより求められていくだろう。

 さきほどからゴジラやナウシカなど、映画やアニメの名前がよく出てくるものだが、文学や漫画やアニメは人の「想像力」そのものだ。どんな未来にしたいのかを考えるときにこうした「文学」や「芸術」の「想像力」があなたの力になる。何も堅苦しいものから物を考えなければならない決まりなんてない。この自粛期間中にどれだけの「想像力」に触れただろうか。そこに、あなたの望む「未来」があっただろうか。あったのならば、その「未来」をいますぐ創りはじめよう。「未来は目指すものであり、創るものだ」。

 これからどんなふうに生きていこうか考えているみなさん、小論文を書こうとする高校3年生や、LABO活動に取り組むまえに前提となる知識をつけるために、あなたの「未来」に必読の書。ぜひ、読んでみよう。

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